北大阪急行電鉄の千里中央駅では、接近メロディとして「フニクリ・フニクラ」が、到着列車の行先案内自動放送の冒頭音楽として「埴生の宿」の一節が流れる(以前は埴生の宿のみ接近メロディーとして使われていた)。
また、発車案内放送の直前には、下記のように季節ごとに異なる4種類の曲の一節が流れる(発車ベルが別途設定されているので、これらは発車メロディではない)。
また季節ごとに異なるとされているが、実際の暦とは若干ズレている。
(例えば、12月初めでは秋の「枯葉」が流れる)

* 春 「春の歌」(フェリックス・メンデルスゾーン作曲の「無言歌集」第5巻 作品62の6番)
* 夏 「アルルの女」第2組曲より「メヌエット」(ジョルジュ・ビゼー作曲)
* 秋 「枯葉」(原曲はジョゼフ・コズマ作曲のシャンソン)
* 冬 「たき火」(巽聖歌作詞・渡辺茂作曲の童謡)

なお、江坂行き最終電車となる列車が到着後、
発車アナウンスまでの間は延々と蛍の光のメロディが流れる。

12月は実際冬なのになぁ...。なぜ秋おテーマなんだろう。
季節ごとに発車案内放送の音楽が変るのはおもしろいですね。

服部緑地(はっとりりょくち)は、大阪府豊中市服部緑地などに位置する緑地。面積1.5km²。
緑地内には「山ヶ池」などの池も点在する。

大阪府を代表する緑地の一つで、正式名は大阪府営服部緑地。
財団法人大阪府公園協会により管理されている。
北大阪急行緑地公園駅の「緑地」は、服部緑地を指す。

その名称から、最寄り駅を阪急宝塚線服部駅と連想する人が多いが、同駅からは緑地(南端)まで最短直線距離でも約1km離れており、緑地中心部まではさらに距離がある。
一方隣駅、曽根駅の方がわずかに緑地中心部に近いが、かつて存在した路線バス(曽根~服部緑地)も廃止されており、(タクシーを除き)手段は徒歩のみとなる。
よって、北大阪急行電鉄の緑地公園駅が名実共に最最寄駅となる。
同駅から緑地入口(東側)までの距離は200メートル程度である。

入場料は不要だが、公園内部にある日本民家集落博物館などの一部の施設や駐車場は有料である。

春から秋にかけては特に花見やバーベキューなどで賑わっている。

日本民家集落博物館のほかにも、
野外音楽堂や陸上競技場などもあるそうです。

240px-Esaka_Suita.jpg
江坂(えさか)とは、大阪府吹田市南西部に位置する地名(江坂町)、および大阪市営地下鉄御堂筋線江坂駅一帯の広域地名。

東側を糸田川が斜めによぎり、また西側は高川を隔てて豊中市と接している。
糸田川、高川ともに天井川のため、かつてはよく洪水に見舞われた。
区域についての明確な定義は無いが、一般には吹田市江坂町一丁目から江坂町五丁目、豊津町、芳野町、江の木町、広芝町を指すことが多い。
南金田などの糸田川以東や垂水町一丁目から垂水町三丁目を含むこともある。

国道423号(新御堂筋)と国道479号(内環状線)の交点(この交差点の名称は広芝町)であり、また地下鉄御堂筋線が大阪市都心から伸び、江坂駅を介して北大阪急行と直通運転する、交通の要衝である。
大阪都心部へ近いのに加え、周囲に大学や予備校が多いことから、一人住まいのマンションが多く、各種大規模小売店舗、コンビニも充実している。
中でもローソンの密度で群を抜いていた時期があった。


学生街という感じのところなのでしょうか。
なぜ、ローソンの密度高いのかというと、
ローソンの親会社であるダイエーの本社が江坂にあったからなんだそう。
ミスドもたくさんあるらしい。うっかり寄り道してしまいそう。

北大阪急行電鉄2000形電車(きたおおさかきゅうこうでんてつ2000がたでんしゃ)は、かつて北大阪急行電鉄(北急)に在籍していた通勤形電車である。


開業前の1969年(昭和44年)に8両編成×5本(01~05F)、予備の4両×1本(06F)の44両が、
1970年(昭和45年)に開催された日本万国博覧会(大阪万博)閉幕後大阪市交通局に譲渡することを前提として製造された7000・旧8000形とともに製造された。
そして1971年(昭和46年)に8両編成×1本(07F)が新造された。

車体はステンレス鋼製で、相互乗り入れ先の大阪市営地下鉄御堂筋線の30系に類似していたが、構体は全く異なり、30系のステンレス車と比較すると全体的にやや丸みを帯びたような感じである。後に、前面と側面にマルーンの帯が入れられた。

2005年に惜しまれつつ引退した車両。
いまでは毎年10月の鉄道の日の「北急ふれあいフェスティバル」で見ることができます。

250px-Senri_Chuo-Station.jpg
千里中央駅(せんりちゅうおうえき)は、大阪府豊中市にある北大阪急行電鉄南北線・大阪高速鉄道大阪モノレール線の駅である。 千里ニュータウンの中心駅。「せんちゅう」または「せんり」と呼ばれている。


島式ホーム1面2線を持つ地下駅。ホームは堀割で改札階の天井まで吹き抜けになっており、改札はホームから上がったところに設置されている。そこに飲食店などが吹き抜けを取り囲むように配置されている。ホーム内にトイレがある。始発から午前6時までの早朝時間帯は北改札・南改札が閉鎖されるため、中央改札しか利用することができない。なお、平日9時29 分発の電車は新金岡駅止まりであるが、千里中央発新金岡行の電車は1本のみの運転であり、車内自動放送の設定が無いので、肉声による放送となる。

なお、大阪モノレールへの乗り換えは、南改札のほうが近いものの、南改札前(地下1階)から1階までの間にエスカレーターやエレベーターがないため、大きな荷物がある場合は中央改札を利用し、エスカレーターやエレベーターで地上2階まで移動したほうが良い。ただ、車椅子やベビーカーでの利用の場合、ホーム階から改札までの間にエレベーターが設置されているのは南改札口だけであり、改札階(地下1階)から上は中央改札横かセルシー内のエレベーターを利用することになるため、移動距離が長くなり不便である。


千里ニュータウンの中心地にある駅。
周りにもショッピングセンターが立ち並んでいますね。

250px-KITA-OSAKA_KYUKO_RAILWAY_Series_8000_001_JPN.JPG
北大阪急行電鉄8000形電車(きたおおさかきゅうこうでんてつ8000がたでんしゃ)は、北大阪急行電鉄の通勤形電車。北極星を意味するポールスター(POLESTAR)の愛称がある。1987年(昭和62年)に鉄道友の会ローレル賞を受賞した。

北大阪急行電鉄南北線と相互乗り入れ先の大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線で運用される。

主回路制御装置には東芝製のGTOサイリスタ素子使用のVVVFインバータ制御を採用した。回生ブレーキを装備するが、回生失効速度が高いのが特徴である。


2006年にはドコモダケが描かれた座席広告も出たらしい。
北急を象徴する車両なのでしょうか。

千里中央から箕面市萱野までの延伸計画がある。
不確定要素が多く、計画から約20年間具体的な話が進んでいなかったが、1970年代に開発された箕面市南部の船場付近の大規模団地の老朽化による建て替え案が具体化しているほか、2008年8月24日投開票の箕面市長選挙において当選した倉田哲郎箕面市長が初登庁した際、「北大阪急行線を箕面まで延伸するため、1期目の間に事業化のめどを付けたい」「約20年前に計画ができてから、具体的に何も進んでいない。
かけ声ばかりは嫌なので、国へ強く働きかけていきたい、(初仕事として)明日さっそく国(国土交通省)に要望に行きたい、と話すなど意欲を示している。
しかし、北急側としては莫大な建設費をかけても黒字化が見込めないため、今のところ事態の進展はない。
別会社・第三セクターによる建設も大阪府が財政難であるため、困難と言わざるを得ない。

橋下さんがんばれー。

江坂駅で北大阪急行の1区・2区と大阪市営地下鉄の1区(大人200円)の運賃区間を乗り継ぐときは、大人運賃で両社局それぞれ10円(合計20円)が割引される(小児半額)。北大阪急行の本来の運賃が低廉であることも相まって、2社局を乗り継いでいるにもかかわらず割高感が抑えられているといえる。乗継割引適用となる具体的な区間は、桃山台・緑地公園⇔東三国・新大阪の相互間である。


割引の制度があるのはおいしいね。

1区運賃の大人80円は日本一の低額運賃である(2007年4月1日現在)。
これは、大阪市営地下鉄御堂筋線と相互直通運転しており、輸送人員が非常に多いこと、直通運転境界の江坂駅を跨ぐと2社分の運賃が必要となり、運賃を高くし過ぎすると割高感が生じ利用者離れが起こること、それに徹底して合理化しているためであるが、実際には万国博閉幕後の停滞を危惧して万国博輸送での収益にすべてを賭け、建設費の償還を万国博開催中に進めてしまおうという目論見が、予想以上に上手く進んだことも大きい。

80円というと、場合によっちゃ子供料金だよ・・・。

利用客も多く黒字経営で準大手私鉄に分類されているが、距離的に短いことや御堂筋線との相互直通運転を行っていることから、大阪市営地下鉄御堂筋線の一部という認識が多い。
しかし、沿線では初乗り運賃が安い一方、地下鉄への乗り継ぎ運賃が割高感があることなどにより、地下鉄と別であることは広く知られている。
なお、当初は「乗り入れは万博期間中限定」と考えられていたようである。

駅などの案内では「北大阪急行」として表記されることが多く、「南北線」と表記されることはない。
そのため、正式の路線名は一般にはほとんど認識されていない。


経営も順調でいい感じですね。